RELAY ESSAY

世論調査とは何か

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著 者

鈴木 督久 日本世論調査協会 会長

1982年早稲田大学卒業後、日経リサーチに入社。日経電話世論調査や選挙予測システムの開発に携わり、日本経済新聞社政治部記者、日経リサーチ取締役等を歴任。2023年に同社を退社。大学で調査・統計・データ解析の教育にも長く携わり、現在は日本世論調査協会会長、総務省統計監理官、千葉大学客員教授、中央大学客員研究員を務める。

著者からひとこと

多くの人々に利用されている世論調査、統計科学の観点から見れば、基礎的な理解を得ることができる。

世論調査は頻繁に報道されているため、広く認知されていると思われる。内閣支持や政党支持などテーマが政治的であることから、さまざまな立場によって調査結果に対して異なる解釈がされやすく、それがSNSで話題として拡がる(buzz)ことも多い。世論調査の結果が多くの人々に利用されている証拠でもあるが、それゆえに誤解が拡散される側面もある。しかし、統計科学の観点から世論調査を把握すれば基礎的な理解を得ることができる。

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 世論調査を理解する前に、そもそも世論(public opinion)とは何か、という前提を共有する必要があるかも知れない。ところが歴史的にも国際的にも世論の定義は多様であり、議論は拡散して収束せず、唯一の正解を求めることが難しい。日本世論調査協会でも世論の定義を示しているわけではない。そのような現状を踏まえつつ結論から述べれば、多くの世論調査実施機関は、今のところ世論に関して以下のような定義を採用している。 

 世論とは世論調査の方法によって測定された有権者の意見分布である

このような定義方法は操作主義(operationalism)といわれている。この定義によって、世論調査の方法の重要性が鮮明になるのだが、ここで世論調査の方法とは、科学的な方法ということを意味している。科学的方法を適用する具体的場面は標本抽出(sampling)と標本測定(measurement)である。つまり世論調査の対象者をどう選ぶか(抽出)、次に対象者にどう質問するか(測定)、という手続き・プロセスにおいて科学的方法を適用する。

標本抽出は統計科学が理論的に完成させている分野である。科学的な世論調査だといえる条件は、調査結果(内閣支持率など)を全国にいる約1億人の有権者(母集団)に一般化できることである。その際に調査結果の精度を統計学的に計算できること、つまり標本抽出誤差を計算できることである。したがって、母集団である有権者から確率抽出した標本を得て、その人々に調査するという手順を踏むことが必要な条件となっている。内閣府の世論調査でも、民間の報道機関による世論調査でも確率標本を調査対象にしているのは、この統計理論的な根拠を持っていることがすべての出発点だからである。具体的な抽出手順は、実践的な状況を踏まえて、また標本測定の方法とも関連して、いくつかの手法が考案されてきたが、理論的には一貫して確率標本から母集団を推定するという手順が採用されてきた。この統計科学的な方法を適用することによって、報道機関は千人程度の調査結果からたとえば45%の内閣支持率を算出したら「全国の有権者の45%が内閣を支持している」と報道できる科学的根拠を持つ。決して「今回の回答者千人の45%が~」とは書かない。より統計学的に正確な表現は「45%±3%ポイントの95%信頼区間で~」などと書くべきだが、日本の新聞記事では誤差の幅に関する記述は省略される。それは読者にとっての読みやすさ(?)のためだが、最近では誤差幅に関する注は、最後尾の囲みなど目立たない場所に書かれている。

標本測定に関しては統計学というよりも、社会学や心理学における測定理論との関係が深い。具体的には調査員による訪問面接聴取、調査票の留置・回収、電話聴取などの他、調査員を介さない郵送、電子メール、WEBなど多くの測定方法がある。現在、報道機関が実施している測定方法としては、電話聴取が主流である。報道機関の電話聴取法の実際に関しては、別に説明したい。

世論調査は言葉によって測定される。それは調査対象者に質問をして回答を得るという行為であり、一般に質問項目を調査票の形式にまとめる。調査票は紙でも画面でもよい。あえて言葉による測定と述べた理由は、実験装置や観察による測定法もあるためである。

世論調査は言葉(調査員による質問を含む)が――話し言葉(面接等)であれ、書き言葉(郵送等)であれ――測定装置に相当する。先に世論を操作的に定義したが、世論は重さや温度のように物理的測度で測定できない。心理測定ではこのような測定対象を構成概念という。世論もまた心理、性格、学力、知能などと同様に構成概念である。有権者集団の意見分布として表示される世論は、有権者の認識を言葉(質問)で測定するわけだが、その点では社会調査と似ている。

標本抽出においては標本抽出誤差を計算することができた。標本測定においても測定誤差が存在する。ただし測定誤差はその大きさを数理的に計算することが難しい場合が多い。そのため質問文の設計は非常に重要である。社会学を中心に質問文による影響が研究対象になってきた。たとえばダブルバーレル、順序効果、キャリーオーバー効果などの質問文の影響が重視されている。形式的にも、選択肢を5件法にするか2件法にするかで結果が異なることが知られている。選択肢を提示するかしないか(純粋想起か助成想起か)の影響も大きい。したがって継続的な質問項目は、安易に質問文を変更してはいけない。変化という重要な知見を失うからである。

質問文を変えると回答結果が変わる。それは測定装置を変えたからである。「調査は実態ではない」――この短い言明は非常にラディカルなので、調査の専門家でない人の耳に入ると誤解されそうな心配もあるのだが、林知己夫がデータサイエンス(データの科学)に関連して述べた言葉である。実態調査と意識調査の違いでもあるが、世論が構成概念であって測定指標によって支持率などの数値が変わるという認識の表明でもある。データサイエンスは分析手法だけではなく、何を調べたいのか、そのためにいかにデータをとるのか、を含んだ全プロセスであるという背景が理解されないと「データなんて、調査なんて、いい加減なものさ」という安易な誤解に導かれてしまう。

以上は基礎的な理解のための解説である。世論調査にも課題がある。世論調査の現状に関しては理論と実践を区別して議論する必要がある。課題については別に整理したいが、簡単に言及すれば、回収率が著しく低いデータの標準誤差の計算は有効なのか、同じ日に複数の報道機関が調査した内閣支持率が異なるのはなぜか。そのような問題は冒頭に述べた誤解の発生源かも知れない。質問文の影響が大きいことは「報道機関が世論を誘導してる」というような種類の批判にも関係するだろう。

より深く学びたい場合の案内をしておこう。

世論とは何かという議論は戦後初期から多くの先輩が試みており、半世紀前になるが以下のような単行本も出版されている。
・日本人研究会編(1976)『日本人研究No.4 世論とは何か』至誠堂.

「調査は実態ではない」と紹介したが、それは以下に詳しく述べられている。
・林知己夫(1993)『行動計量学序説』朝倉書店.

オンラインで読める講演録もある。
・西平重喜(2009)「世論調査は勝負審判ではない」日本記者クラブ.
  https://www.jnpc.or.jp/archive/conference/records
  https://s3-us-west-2.amazonaws.com/jnpc-prd-public-oregon/files/opdf/408.pdf

 

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