西内|統計学に本格的に興味を持ったのは大学に入ってからですが、実は人生で初めてデータ分析をしたのは、小学生の頃でした。当時、ゲームは1日1時間という厳しい家庭のルールがあって、とにかく効率よくゲームを進める必要があったんです。
西内|そうです。当時『ドラクエ』をプレイしていて「このエリアは敵が出やすい」「あの場所は経験値が高い」といった噂がありましたが、私は一切鵜呑みにせず、「本当かよ?」と疑問に思ったんです。そこで、ストップウォッチで時間を測りながら、敵が出やすいところはどこか、各場所の経験値の高さはいくらかといったデータを集めて、より効率のよい攻め方(遊び方)を検証しました。その「なんでだよ?」というパンクスピリットが、私のデータサイエンティストとしての原点かもしれません。
西内|今やっている仕事は、データ関係だとだいたい何でもという感じですね。AIを使ったサービスやプロダクトを作りたいという話も増えていますし、データを集めるためのIT的な基盤づくりから、マーケティングや人事関係でデータを使って何とかしたいという具体的な相談まで、かなり幅広くやらせてもらっています。
西内|データサイエンスの現場では、単に大量のデータを扱うだけでなく、そのデータから意味ある情報を引き出し、ビジネスの課題解決に結びつけることが求められます。
ここで統計学の知識は欠かせません。統計的な手法を用いてデータのばらつきやノイズを見極め、施策の効果や因果関係を正確に評価することで、クライアントの意思決定を支援できるからです。
西内|データサイエンスの分野でよく言われるのが、「統計的」「計算機的」「人間的」という3つの側面が大事だという考え方です。私自身、この3つがすべて揃っている人って、実はあまりいないと感じています。だからこそ、そのバランスを意識して仕事に取り組むことが、幅広い分野で活躍するための鍵になると考えています。
多くの方は、データサイエンスと聞くと「統計学」や「プログラミング」を思い浮かべるかもしれませんが、それだけでは不十分なんです。まず、統計学そのものが、実は非常に人間的な側面を持っているんですよ。
西内|はい。例えば、「リンゴが12個あります。3人で平等に分けるにはどうしたらいいですか?」という小学校の問題。答えは「4個ずつ」ですよね。この問題には、「すべてのリンゴは全く同じである」という暗黙の前提があります。でも、現実には「いやいや、きみなんででかいやつ取ってんの?」とか「何、腐ったやつ押し付けてんの?」っていうことが起こりますよね。
西内|ええ。そこで統計学的な答えは、「4個ずつに分けますが、ランダムに配りましょう」となるんです。それは、リンゴの大きさや状態といった現実のバラつきや多様性を考慮し、不公平が起こらないようにする、非常に人間的な配慮なんです。
そして、この「人間的側面」はビジネスにこそ不可欠です。データ分析によって「こういう結果が出ました」と分かったとしても、その結果がなぜそうなったのか、その背景にある人間の行動や感情、社会的な要因を理解していなければ、有効な戦略を立てることはできません。
西内|ええ。ビジネスには、消費者の行動を理解する心理学の要素、従業員をマネジメントする人事の要素、そしてオペレーションを最適化する工学の要素など、様々な「人間」の側面が含まれています。これらの知見があって初めて、データから導き出された結果が、どのような利益や社会的ベネフィットにつながるのかを考えることができます。
この3つの側面、特に「人間的側面」を含めてすべてを高いレベルで備えている人は、残念ながらほとんどいません。だからこそ、様々な分野に精通し、データを「人間」の視点から理解できる人材は、これからの時代、非常に重宝されると考えています。
西内|実は、このタイトルは編集者さんが考えてくれたものなんです。彼も学部時代に統計学を勉強していたそうですが、「あれって正直一体何だったんだろう?」というモヤモヤ感を抱えていたらしいんですね。でも、打ち合わせで私が「統計学って実はすごいんですよ。AIやグローバル企業の求人でも不可欠なスキルなんですよ」と話したら、「いや、そんなすごいものだったんですね!」と、率直に驚いてくれまして。その印象からこのタイトルに繋がりました。
西内|正直、タイトルを聞いたときは「ここまで言いきっちゃって大丈夫か?」と思いました(笑)。でも、自分なりに逃げ道を用意したんです。それが、統計学独自の「最強力検定」という概念です。
学問には、カラスが黒いかどうかも慎重に議論する哲学のようなものもあれば、何の根拠もなく「絶対こうなるから」と断言するビジネス書もありますよね。統計学は、この両極端の間でバランスを保つ学問なんです。
西内|そうです。「最強力」とは、統計学的な言葉で言うと、仮説を見落とすリスクをいかに小さくできるか、という概念です。私は学生に、「効果があるものを見過ごすリスクを『ぼんやりエラー』、効果がないものをあると誤解するリスクを『慌てもののエラー』」と教えています。統計学は、この二つのエラーのバランスを保ち、本当に重要なポイントを見つけ出す能力において、他の学問に負けない強さを持っている。だからこそ、「最強」なんです。もし他の学問の人に「何を最強だって言ってんだ?」と聞かれても、「そっちの最強力検定って何を指すんですか?」と返せますからね(笑)。
このように、単なる勘や経験に頼るのではなく、客観的なデータに基づいて意思決定を行う。この思考法を身につけることが、キャリアを拓く鍵になると私は考えています。
西内|データに基づく意思決定があるかないかだけで、企業の生産性は5〜6%変わってくると言われています。売上100億円の事業なら、追加投資なしで5億円の利益が生まれる計算です。
人間は経験や勘でもそこそこの成果を出せますが、そこにデータを使うことで、さらに数パーセントの成長が見込めます。この数パーセントを小さいと見るか大きいと見るかは人それぞれですが、意思決定の権限が大きくなるほど、その差は無視できないものになります。経験や勘に頼るだけでなく、データという客観的な根拠を当たり前のように使える組織ほど、こうした成長の恩恵を享受できると考えています。
西内|大事なのは、提示されたデータを鵜呑みにしない「批判的思考」です。ある種のパンクスピリットですね(笑)。「このデータは誰が、どこで、どうやって取ったのか?」「他の要因は考慮されているのか?」と常に問いを立てることが重要です。
例えば、「男性の方が平均客単価が高い」というデータがあっても、それは性別ではなく、年齢構成の偏りが原因かもしれません。このようなデータの裏側を見抜く力がなければ、無駄な投資をしてしまう可能性があります。
批判的思考の能力は、医学の世界では「エビデンスベースドメディスン」として早くから浸透しており、製薬会社が持ってきたデータに対し、医師が批判的に吟味する能力が求められています。こうした考え方は、ビジネスの世界でも同じように重要になってきています。
西内|あ、ちょっと前の話になるんですが、統計教育連携ネットワークのあるイベントで統計検定の話を初めて聞いた気がします。そのとき、統計検定を作るという挑戦と、統計の各分野における教育課程編成上の「参照基準」を設定したという二つの取り組みに感動しました。
この二つって、個人的にはすごくビッグプレイだなと思ったんです。
西内|はい。大学以降の学問は、学問の自由という面もありますが、共通で学ぶべきものは当然あります。ただ、教科書は統一されていないことが多く、ある分野では教えても、別の分野では教えられていないことが意外と多いんです。
例えば心理学部で教えられる統計は心理学に必要な内容が中心で、経済学や医学で使う統計は教えられないことがあります。分野によって同じテーマの統計思考も微妙に違うんです。
西内|そうなんです。だから、統計検定の取り組みで、どの時点でどこまで理解しているかを「参照基準」によって整理したのは素晴らしいことです。それによって、検定が作れるようになったのも大きな成果だと思います。
学部教育を増やすとなると、時間も手間もかかりますが、統計検定という仕組みによってより多くの人に統計を学ぶ機会が広げられたわけです。
西内|そうですね。日本だと博士課程まで進む人は限られていますけど、資格を通じて統計を学べば、管理職の方やビジネスパーソンでも知識やスキルを身につけやすいんです。しかも、日本には日本語で書かれた専門書がちゃんと売れる市場があるので、わざわざ英語の教科書で学ぶ必要がなく、日本語で学べるメリットも大きい。さらに、友達と集まって勉強会を開いたりと、個人が主体的に学ぶ文化もあって、それが広がりを支えていると思います。
西内|そうです。例えば、大学の教育リソースで2万5,000人分の学習機会を提供するのは大変ですが、統計検定を通して個人が教材を購入し、勉強会を開くことで同じ効果を生み出せます。これはすごく大きな成果です。
西内|はい。まさに日本の環境に合った仕組みで、うまくはまった感じです。当時、限られた時間と資源で日本の環境に合った学習機会を作り出した先生方は、本当にビッグプレイだったと思います。統計検定は、単なる資格以上に、日本の教育の裾野を広げ、統計学を日常やビジネスに活かすきっかけをつくる仕組みになっています。その背景には、先生方の長期的な視点と工夫があったことが、改めて浮き彫りになりました。
西内|それは「リサーチデザイン」の能力です。「リサーチデザイン」とは、「どのデータをどう分析すべきか」を設計する能力のことです。これは、AIには難しい役割です。さらには、分析結果の限界を理解し、「ここまでは言えるが、ここからは言いすぎ」と判断し、人を動かすことが重要になります。
西内|はい。自分が直接分析できなくても、データや統計のリテラシーを持つことで、現場の知恵を活かし、分析結果をより正確に解釈できます。例えば、「この条件を考慮しないと結果が変わる」というような現場の感覚を、データに反映できるんです。
西内|そうです。以前はRやPythonで分析できること自体が価値でしたが、今ではAIがコードを書いてくれます。だからこそ、漠然とした課題をどうデータ分析に落とし込むか設計したり、結果の限界を見極めて適切に判断したりすることが、人間にしかできない重要な役割として残っています。
西内|まさにそうです。加えて、今や文系でも統計学を当たり前に学ぶ時代です。2010年頃に大学に入学した世代は、すでに統計学の素養を身につけています。これは社会人全体にとっても他人事ではありません。
統計検定3級やITパスポートは、現代の社会人にとって必須のリテラシーになりつつあります。
この知識がないと、高校生から「なぜこんな当たり前のことを知らないんだろう」と見なされる時代が、もう来ています。統計検定の3級がわからない大人はマジで危機感を持った方がいい。娘さんや息子さんが当たり前に知っていることを、お父さんやお母さんが知らない、そんな状況になっているかもしれません。
西内|そうですね。統計検定の受験は良いと思いますよ。特に2級レベルの知識があれば、自分の仕事に関連する論文を読み解けるようになり、仕事に活かせるヒントをいち早く見つけられます。
西内|もちろん、まずは3級からで構いません。大事なのは、提示されたデータを鵜呑みにしない「批判的思考」です。「このデータは誰が、どこで、どうやって取ったのか?」と常に問いを持ってデータと向き合うことが、あなたのキャリアを拓く鍵になります。
西内|私は、統計学は「人生の裏技探し」だと思っています。日々の仕事や生活の中で「もっと良い方法はないか?」と疑問に思ったとき、客観的な答えを出すための最強のツールです。
日本の強みは、国民の「格差の小ささ」です。誰もが円グラフや折れ線グラフを理解できるこのベースラインの高さは、他の国にはない大きな財産です。
この強みをさらに伸ばすためにも、国民全員が統計検定3級、そしてゆくゆくは2級レベルの知識を身につけることが重要だと感じています。そして、EBPM(科学的根拠に基づく政策決定)を議論できる国を目指すべきだと思っています。
「偉い人が言っているから正しい」ではなく、「それって本当に効果あるの?」とみんなが議論できるようになれば、社会はもっと良くなります。ぜひ統計学を学び、あなたのキャリアと人生を豊かにしてください。
——本日はお忙しいところ、ありがとうございました。